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第九話 罠

作者: 森村征爾
last update 公開日: 2026-07-21 14:33:17
親は生きる術を残し、水辺の主は消される理由を残し、そして二本足は簡単に生き物をとるやり方を山に置いていった。

観た、そして覚えた。消されないやり方を。

二本足のメスが好む植物があることも知っている。だがそれを喰わない。周囲に匂いを残し、幹に爪を入れて、ここが我の場所だと刻むだけでいい。そうすれば四本足は寄り付かず、小さきものも近づかない。山は静かになる。それでも二本足だけは違う。匂いを恐れず、境界を理解せず、平然と踏み込んでくる。だからこそ、すでにかかっている。目には見えないが、この場所そのものが捕える場所なのだ。

チリン、チリンと下から音が這い上がってくる。

……近い…。

身を沈め、息を細くし、風の流れに身体を沿わせながら待つ。やがて現れたのは二つの影。二本足のメスが二匹、足元だけを見ながら歩き、手を伸ばしては植物を摘み取っている。警戒はない。視線も上がらない。採ることだけに意識が落ちている。一匹ずつ。

「私、ちょっとトイレしたいわ」声が落ちる。何度も観てきた流れだ。動く前に鳴き、離れる前に鳴く。意味は分からないが、その後に起きることは分かる。

一匹が離れた。

匂いが変わる。排泄物の
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    山から、生き物が消えていた。 飢えは混乱を招き判断を誤らせる。 もはや長き眠りに入れぬ身体ではないか…。 毎日のように二本足たちが山へ入ってくる。 山を踏み荒らし、長い筒を抱え、黒い羽虫を空へ放ち、黒い鳥の羽ばたきは山の木々を薙ぎ倒す。 巣穴へ戻っても落ち着かない。 耳を閉じても、あの羽音が頭の奥に残っている。 腹が減っていた。 何日もまともに喰っていない。 身体が求めているものは、もう二本足のあのメス。 恐怖に震えながら逃げる姿。 汗と涙の匂い。 牙を立てる前から漂う、あの甘い匂い。 それだけが頭から離れない。 我は巣穴の奥で目を閉じた。 あの若いメスの姿が浮かぶ。 老いたオスの後ろで震えていた、あのメス。 あと少しだった。 老いたオスがいなければ、あの柔らかな首へ牙を沈めていた。 喰いたい…。 喰いたい…。 喰いたい…。 喰いたい…。 我はゆっくり立ち上がった。 もう山には喰うものがない。 二本足たちが山を壊す。 …ならば…。 最後に、あのメスだけは逃がさぬ。 それだけを考えながら、我は山の中を歩き始めた。 尾根を越え、沢を渡る。 脚は重い。 空腹で身体が軋む。 それでも止まれなかった。 風の奥から、微かにあの匂いが流れてくる。 若いメス。 忘れたことなど、一度もない。 山の土を踏みしめながら、二本足の匂いが流れる方へ歩き続けた。 第十六話 山の理 若いメスの匂いは、山の下から確かに流れていた。 近い。 木々の間を抜け、静かに木に囲われた巣へ向かう。 風は我の方へ流れている。 まだ気づかれてはいない。 あと少しだった。 その瞬間、 山が裂けた…。 轟音が響き、胸へ強い衝撃が走る。 何が起きたのか理解する前に、熱いものが身体から吹き出していた。 な、なんだ…。 次の瞬間、また轟音。 肩が砕け、脚がもつれる。 熱い…。 綿毛に身体が沈みかける。 木々の向こうには、何匹もの二本足が並んでいる。 なにをした…。 全員が長い筒を構えている。 その中央には、老いたオスが立っていた。 我は咆哮した。 だが三つ目の轟音が腹を貫く。 身体から力が抜けていく。 それでも前へ出ようとした。 若いメスの匂いが、まだ鼻先に残っていたからだ。 だが脚は動かなかった

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  • 深山の王   第十話 二重の罠

    二本足のメスのハラワタは、これまで喰ってきたどの肉とも違っていた。牙を立てるたび、ぬめる内側が指のように逃げようとし、噛み切れば弾くように跳ね返るではないか。逃がさない。熱いハラワタを前脚で押さえつけ、口を深く差し入れる。絡みつくそれらをまとめて引きずり出し、噛み潰し、飲み込む。腹の奥へ落ちるたび、熱が広がる。足りない。もう一つの肉塊へ顔を埋める。爪を立て、身体をひっくり返す。柔らかい部分へ牙を入れ、腹の奥からハラワタを引きずり出した。排泄物の匂いが混じる。だが、それすらも邪魔にならない。それ以上に濃い匂いが、舌も喉も支配していた。柔らかなものから順に、貪るように喰らっていく。熱はまだ残っている。冷めきらぬ肉の温もりが、口の中でゆっくりと消えていった。骨を割れば、中から染み出るものがある。それも余さず舐め取った。腕へ牙を入れる。皮が裂け、繊維が一定の方向へほどけていく。やがて、動かす部分が減っていく。傍らには、力なく地を見つめたままの丸いものが転がっていた。鼻先で軽く突く。小さき頃、同じように転がして遊んだことがある。だが今はもう、それだけだった。興味は続かず、我は次の肉へ顔を向けた。足先や頭の欠片。それらは喰わず、土を掘って埋めた。もう喰うためではない。匂いを残すためだ。ここにあると知らせる。ここに来させる。二本足のオスは来る。あの厄介な、鼻の利く四本足と共に。だからこそ、ここにはいない。血と肉にまみれたままでは、辿られる。私は水場へ向かった。流れの中に身体を沈め、毛の奥に絡んだ赤黒いものを擦り落とす。何度も、何度も。岸へ上がると、以前見つけた匂いの強い植物へ身体を押し付けた。葉を潰し、汁を毛へ擦り込む。首。背。腹。脚。自分の匂いを消すのではない。別の匂いで覆う。それが終わると、巣穴へ戻った。奥へ潜り込み、身体を丸める。静かだ。だが、遠くで何かが動いている。翌朝。まだ光が山に差し込む前から、遠くの方で声が響いていた。二本足らの声。何を言っているかはわからない。だが、落ち着きのない響きだった。やがて....山が弾けた。腹の奥まで響く、空気を叩き割る音。二本足らの長い筒の音だ。その直後、山は一瞬で静まり返る。鳥も、虫も、すべてが止まる。そしてまた声。「当たったぞー!」複数の声が重なる。荒い息。短い叫び。その間に混じる、四本足の吠え声。「ウォン! ウォ

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